「心の傷」と「自律神経系」

「心の傷」のことを専門用語で「トラウマ」と言いますが

日本でもこの言葉はずいぶん定着してきたようで
日常会話でもよく耳にするようになりましたね。

私たちは色々な場面で心に傷を負います。

それはアクシデントとして受けることもあれば
慢性的な人間関係のもとで受ける場合もあります。

どの場合にも共通しているのは
信頼、あるいは安全であることが裏切られた時に

誰の心にも非常に深刻な傷が残るということです。

今回は、この「心の傷」と「自律神経系」の関係についてお話をしたいと思います。

幼いころは
切り傷やすり傷をよくつくるものですが

私たちの身体には
「自然に治る力(自然治癒力)」が備わっているので

小さな切り傷ならすぐに治ってしまいますね。

たとえ手術をして深い傷を負ったとしても
傷自体を治してくれるのは

実のことを言えば医師でも薬でもなく
もともと私たちに備わっている この「自然治癒力」です。

自然治癒力は
多くの場合、休養している時に活性化することがわかっています。

「休養」が大切なのは
その時に次の活動のためにエネルギーを蓄え

目に見えない細かな神経の傷にいたるまで
あらゆる傷を回復するために必要不可欠な機会だからなのです。

皆さんもご存知のように
日常の活動と休息のこの2つのリズムを支えているのは

自律神経における「交感神経」と「副交感神経」の働きです。

身体と同じように、実は心にも

「自然に治る力」(自然治癒力)が備わっているのを
皆さんはご存知でしょうか?

人に傷つけられて落ち込んでいる方がいるとしましょう。

その後、その強烈な印象が薄れていき
次第にそのことが気にならなくなれば

心は健康な状態に戻り ”自然に治癒した” といえるわけです。

そうした状態が何週間たっても
まったく改善が見られないようであれば

自然治癒力の活性化が
何かによって「邪魔」されている可能性があると考えることができます。

心の治癒力を阻んでいる原因はいくつか考えることができますが

最も大きな原因として考えられるのは
「ネガティブな固定観念」と言えるでしょう。

たとえば「幼いころから人前で話すのが苦手」という
自己イメージをもっている方は多いと思うのですが

そういう方の場合
心の奥底にあるそのフレーズは

過去のツライ経験が根拠になっているはずです。

そのような経験が何度か続くと
その内容は1つの固定した観念へと成長していき

自分に対する固定したイメージとなって定着していきます。

この「ガティブな固定観念」は
その後、人生という舞台のうえで

一連の慣れ親しんだ「物語」として力を発揮していくことになります。

本人としては、そのつもりがなくても
意図的に修正を加えない限り

自動的にそのネガティヴな物語が進んでいってしまうところに
心の不思議な働きがあります。

その物語の結末がもし
「人前で話すとあがってしまい失敗してしまう」のだとすれば

人前で話すということが決まった時から
その結末にむかって、現実も進行していきます。

物語が始まった時点から
生理学的レベルでも、決まった反応が始まります。

生き残りをかけて「戦う」ために
自動的に「交感神経」にスイッチが入る場合もあれば

いわゆる「仮死状態」のような「最終防衛」のスイッチが入り
「引きこもり」という状態に至るケースもあります。

人それぞれ困難に対する反応は異なりますが
いずれにせよ、緊張や疲れをおし進める

生理学的な反応が自動的にできあがります。

こうして「心の傷」は治るどころか
現実的に、何度も「同じ物語の同じ結末」に至ることから

その固定観念が正しいことを自ら証明し
時間が経つにしたがって「心の傷」はさらに深まってしまうのです。

心理セラピーの目的の1つは
このようにパターン化した条件反射を

修正するための心の下地を丁寧につくっていくことにあります。

まずは自分のストレス反応を丁寧に観察し
なぜそのようなプロセスが必要であったかを

心理学的、生理学的にきちんと理解していきます。

私たちは生き残るために
必要でないことは一切しません。

体験されたすべては
その時にはどうしても必要なプロセスだったということができます。

まずはご自分の中で起きた
生物体としての必然的な反応を深く理解していただくことが大切です。

心の出来事と、生理学的な反応は
お互いに影響を与えながら、しっかりと結びついているものなんです。

その上で、過去に生み出された物語の根底には
必ずといっていいほどネガテイブな固定観念が根づいていますから

その後の人生に新しい変化や成長をもたらすに
不必要になった「ネガテイブな固定観念」を、より適した内容に修正していきます。

さらに、こうした心理セラピーを進めながら
「自律神経トレーニング」をお勧めすることが多いのは

苦手な場面に立ち向かうためには
少しだけ勇気を出す必要があり

そのためには
今よりも少しだけ強い自律神経が必要になってくるからです。

大切なのは、自分の内面に「ほっとできる感覚」を養うこと。

「自律神経トレーニング」を日課にすることで
少しずつ「くつろぎの感覚」を味わっていくことが大切です。

生きていれば
人はどこかで必ず傷つくような体験を味わいます。

傷つかない人も
落ち込まない人もいません。

問題は、その傷を回復してくれる理想的な心身の状態に
自分の思い通りに入れるかどうかだけなのです。

心が安らぎ、休養や治癒のプロセスが始まると
物語の内容に変化が立ちあらわれてきます。

何十年も同じ物語を生きていた方が
すでに必要がなくなった固定観念に気づいたとたん

それをゴミ箱にぽんぽん捨てながら
新たな治癒物語をみずから紡ぎだしていかれることもしばしばあります。

人間の成長力は何歳になっても健在のようです。

心と身体は”ひとつ”なので
そうこうしているうちに、体調の方も整ってくるようです。

変化、成長、回復のため
自由でのびのびとした作業スペースを心の中に少しずつ作っていくこと

これこそが「自律神経トレーニング」や「心理セラピー」の目的でもあるのです。